ごあいさつ

 イランカラプテー、これはアイヌ語でこんにちはの意味です。
平成25年度から北海道のおもてなしの言葉として国主導でキャンペーンが行われておりますので、皆さんも是非お使い頂ければ幸いです。

 さて、松浦武四郎生誕200年記念事業オープニングイベントに、遠く北海道から<高橋知事>とともにアイヌ民族の立場から出席しご挨拶できますことを、心から有り難く感謝申し上げます。
さらに、武四郎への尊敬の思いを強くお持ちである関係者の皆様の並々ならぬこれまでのご努力に、心からの敬意を表しますとともに、アイヌ古式舞踊などで各地の同胞が、これまでの交流の中で皆様方にお世話になりましたことに、重ねてお礼を申し上げます。
2018年の今年は、武四郎が名付け親となった「北海道命名150年」記念の年と、生誕200年の記念の年が、丁度一致しました。
嬉しいことに北海道では松浦武四郎をキーパーソンとして顕彰しつつ、多文化共生社会を目指した様々な記念事業などが企画されています。

 アイヌ民族だけでなく世界の先住民族の人権課題は、「国連宣言」として採択され、国際社会で支持を受け、翌年の2008年には日本においても衆参両院で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」がなされました。

 まさに松浦武四郎が「松前藩」や「北海道開拓使」に進言していた政策提言、共生社会への願いがようやく150年を経て、稔り始めたのだと感じます。
その復命記録には「明日の開拓も結構です。それは我々輩がとやかく言うことではありませんけれども、どうか今死なんとするアイヌの人達を救って下さい。このままでは二十年も過ぎなばアイヌが滅びてしまうでしょう。」
松浦武四郎が残した記録が、国への働きかけの際に党派に係わらず、より客観的に、心情的に国会議員などに伝わり、歴史事実に目を向けてもらうことになりました。真の意味でのアイヌ民族への理解を求めることに大きく役立ったのです。本当に私の実感です。中日新聞の今年の元日版にも、これら武四郎の記録がそのままに掲載されたところです。

 人間一人の直向きな誠実さ、現実や歴史に真っ直ぐ目をそらさず良心で向き合うことの尊さが、人々の心を動かし、150年を経てもその貫く意志の強靱さがあったからこそ、失われることのない普遍性へとつながることが分かります。

 地元三重県で顕彰され、郷土の誇りとして学校教育にも取り上げられており、私もその人格に大きな衝撃を受けた一人です。

 幕末のアイヌの生活状況は、武四郎の『近世蝦夷人物誌』などに残され、その後、松前藩から発禁本とされましたが、
色々な方々のご努力により翻刻された記録が、今の私たちアイヌが先住民族であるとの論拠や当時の時代を映す貴重な記録となっているのです。
また、アイヌ民族に対する当時の差別を認識するという観点だけでなく、それ以上に、武四郎の生きる姿勢と態度、時々の社会や時代の体勢をしめる価値判断の変化、その要因が何なのかを端的に示唆してくれるものとなっており、胸を打ちます。

 この武四郎のような行動こそが、国民への理解を促し、人権推進、健全な社会づくりの基本的な姿勢であろうと思っております。
人間の本当の価値とは、民族の属性に宿るのではなく、その人、個人の精神に宿ることを如実に物語っています。
自民族や、自らの親戚や身内中心主義ではない、人間性とか、ヒューマニズムの大切さを、つくづく知らされます。

 アイヌ先住民族の政策策定については、菅官房長官がこれまでの先入観や固定観念に捕らわれることなくアイヌ民族に寄りそって、立法措置の必要性も含めて内閣官房を中心に検討していくと明言されており、その有識者懇談会報告書では、明治以降の国の近代化政策の結果、アイヌ文化に深刻な打撃を与えた経緯を踏まえ、国には先住民族であるアイヌの文化の復興、すなわち言語、音楽、舞踊、工芸等に加え、土地利用の形態等の民族固有の生活様式の総体に配慮すべき強い責任があると結論づけております。

 東京オリ・パラ開催3ヶ月前の2020年4月24日には、「民族共生の象徴となる空間」が、過去のわだかまりと決別し、アイヌに勇気を与える文化復興の拠点、心の拠り所として、国内5番目の国立アイヌ民族博物館を中核施設として、整備されます。

 また、国内外に保管されているアイヌ遺骨等の返還を前提に、慰霊及び管理施設、そして歴史的不正義に向き合い過去を忘れず、未来にわたり先祖への思いを込めて尊厳ある慰霊を実現するための礎、平和、平等の願いを込めたモニュメントが同じく白老町に設けられることになっています。
これら考え方の大本は、150年ほど前に松浦武四郎が作成した建白書や開拓政策の提言と本質的に何ら変わりのないものではないかと思いますし、現今、国際的に提唱されている「持続可能な開発目標(SDGs)」の理念に通底しているものでもあります。

 自らの先祖を敬い、子孫の幸せを願う気持ちは、民族の違いがあったとしても世界共通です。
北海道は日本の他府県とは、構成される人びと、考古年代も含めた歴史や文化変遷、行政史などが明らかに異なります。
是非とも、三重県の皆様方との交流を高め合い、日本の近現代史を見つめ直し、松浦武四郎の精神性を活かすべき未来を創っていけたらと願っております。

 アイヌ民族自身も当事者として共に育みあう社会、認め合う社会を創るための思いと共に、一言、お話しをさせていただきました。
最後になりますが、本日の記念イベントに当たり、武四郎の人権を重んじる精神性をさらに拡大強化して引き継ぎ、双方交流のパイプを益々太い物にしていただければ有り難いと思っております。

 先住民族アイヌへのご理解、ご支援、これまでにも増した温かいご交誼をお願いして、私からのご挨拶とさせていただきます。
どうもありがとうございました。

平成30年2月24日

公益財団法人 北海道アイヌ協会 理事長 加藤 忠